大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和32年(ネ)400号 判決 1958年7月30日

控訴人 原告 斎藤省三

訴訟代理人 名尾良孝 外一名

被控訴人 被告 東京協同タクシー株式会社

訴訟代理人 伊藤幸人

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴会社の昭和三〇年八月二〇日の臨時株主総会における船橋キセ、皆川渉、関戸石峰を取締役に、船橋英次を監査役に各選任する旨の決議を取消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は、

控訴代理人において、

一、控訴人は被控訴会社の取締役を辞任したとの事実を否認するものであるが、仮に、辞任したものとしても、当時被控訴会社の取締役は、船橋キセ、皆川渉、控訴人の三名であつたから、控訴人の辞任により法律所定の取締役の員数を缺くこととなり、商法第二五八条第一項に従つて、控訴人は後任取締役の就任するまで取締役としての権利義務を有するものであり、後任取締役の選任手続が本件臨時株主総会の決議によつてなされたものであるから、控訴人は右決議取消の訴を提起し得るものである。

二、本件株主総会決議の取消原因について次のとおり主張する。すなわち、

被控訴会社の株主である控訴人及び訴外小平勝三郎、原山直蔵、小日向明寿に対して、本件臨時株主総会の招集通知がなく、右四名は右総会に出席しなかつた。従つて、右総会の招集手続に違法があるから、その総会における決議は取消されるべきである。

右のうち控訴人に対し招集通知がなかつたことは第一審以来主張して来たところであり、その他の株主である前記三名に対する招集通知のなかつたことは、当審に至り新たに追加したものであるが、本来本訴は、株主総会決議の取消原因として、招集通知が一部の株主になかつたことを理由とするものであるから、右三名の株主に対しても招集通知がなかつたことを追加主張しても、訴の変更とならないのは勿論、これにより著しく訴訟手続を遅滞せしめるものでもない。

なお原審で主張した右総会を招集するための取締役会について、その招集通知が控訴人になかつたとの点は、これを撤回する。

と述べ。

被控訴代理人において、

一、控訴人は、昭和二七年八月五日被控訴会社の取締役に就任したが、昭和二九年一二月三〇日辞任し、昭和三〇年八月四日その登記がなされたものである。控訴人の右辞任当時、船橋キセ、皆川渉、控訴人の三名が被控訴会社の取締役であつたこと、及び控訴人の後任取締役を選任する株主総会が本件臨時株主総会であつたことは認める。

二、控訴人主張の訴外小平勝三郎、原山直蔵、小日向明寿の三名が被控訴会社の株主であることはこれを認めるが、右三名に対し、被控訴会社は適法に本件臨時株主総会招集の通知を発したものである。かりに右通知がなかつたとしても、決議取消の訴を提起すべき期間経過後に、右事由を取消原因として追加することは許さるべきではない。

と述べた外、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。

当事者双方の提出援用する証拠及びこれに対する認否は、控訴代理人において、当審における証人小日向明寿及び控訴人本人の各供述を援用し、被控訴代理人において、当審における被控訴会社代表者船橋キセの本人尋問の結果を援用した外、原判決の事実摘示に記載されているとおりであるから、これを引用する。

理由

一、被控訴会社が一般乗用旅客自動車運送事業を主たる目的として、昭和二七年八月五日設立された資本金一、〇〇〇万円、発行済株式の総数二万株(一株の金額五〇〇円)の株式会社であること、及び被控訴会社が、昭和三〇年八月二〇日午前十時東京都荒川区日暮里町二丁目一七四番地の被控訴会社本店において臨時株主総会を開催し、船橋キセ、皆川渉、関戸石峰を取締役に、船橋英次を監査役に各選任する旨の決議がなされたとして、昭和三〇年九月一六日その旨の登記を了したことは当事者間に争がない。

二、控訴人は、右株主総会の決議の取消を求めるので、まず、控訴人が被控訴会社の株主であり、また取締役であるかどうかについて考える。

成立に争のない乙第二号証の一ないし三、原審証人小日向長吉、皆川渉の各証言、原審並びに当審における被控訴会社代表者船橋キセ本人尋問の結果を綜合すれば、被控訴会社は、控訴人の妻の妹である船橋キセが代表取締役となつて発足し、控訴人も設立以来の取締役であるとともに二八〇株の株主であつた、同会社は営業振わず、昭和二九年六月頃には負債の額が金二、六〇〇万円位に達して遂に不渡手形を出すに至り、同年一二月末控訴人は船橋との意見の相違等から会社から退くこととなり、その所有株式全部を船橋キセに譲渡するとともに取締役を辞任し、その代償として会社より時価約六〇万円の自動車(一九五四年型ルノー)一台の交付を受けたことが認められる。原審並びに当審における控訴人本人の尋問の結果中右認定に反する部分は信用することができないし、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

三、右認定のとおり、控訴人は、昭和二九年一二月末被控訴会社の全株式を譲渡し、また取締役を辞任したのであるから、以後被控訴会社の株主ではなく、取締役でもないわけであるが、当時被控訴会社の取締役は船橋キセ、皆川渉及び控訴人の三名のみであつたことは、当事者間に争のないところであるから、控訴人の辞任により法律所定の取締役の員数を缺く結果となり、従つて、控訴人は商法第二五八条第一項により新たに選任された取締役の就任するまで依然取締役としての権利義務を有することとなる。而して、その後任取締役選任の決議が本件臨時株主総会によつてなされたものであることは、当事者間に争がない。

ところで、右のように商法第二五八条第一項によつて取締役としての権利義務を有する控訴人が、その後任者を選任した本件株主総会の決議に瑕疵ある場合に、その瑕疵を争うことができるかどうかが問題となる。後任者選任の決議はその取消判決が確定するまでは有効であるから、右決議がなされたことにより、控訴人の取締役としての権利義務は消滅し、控訴人はもはや被控訴会社の取締役として右決議の取消を求めることはできないとする見解がある。しかしこの見解に従うときは、当該決議に瑕疵があつても、右決議によつて選任された取締役が決議取消の訴を提起しないかぎり、決議の瑕疵はついに争われることなくして終るおそれがある。けだし、新たに選任された取締役は、決議の取消により自己の取締役たる地位を失うのであるから、かかる自己に不利益をもたらす決議取消の訴を提起することは恐らくしないであろう。反対に控訴人の如き前取締役は、決議の取消により、その有していた取締役としての権利義務を回復するのであるから、決議の取消につき最も利害関係と関心とを有するものであり、かかる者にも決議取消の訴を提起する権利を認めることは、商法第二四七条第一項により、取締役をして決議の瑕疵を攻撃せしめ、株主総会の運営を監督させようとする法の精神に沿うものといわなければならない。(以上は株主でない取締役が株主総会の瑕疵ある決議によつて解任された場合に一層適切にあてはまるものというべく、この場合と本件の場合とを区別する理由がない。)従つて、商法第二四七条第一項の取締役には、同法第二五八条第一項によつて取締役としての権利義務を有する者をも包含せしめ、かかる者は後任取締役の選任を内容とする株主総会の瑕疵ある決議の取消を求めることができるものと解するを相当とする。

四、よつて進んで、本件株主総会の招集手続に控訴人主張の如き違法があるかどうかを考える。

被控訴会社が控訴人に対し本件臨時株主総会招集の通知をしなかつたことは、被控訴人の争わないところである。しかし、右総会当時控訴人が既に株主でなかつたことは、さきに認定したとおりであるから、控訴人に総会招集の通知をしなかつたことは何等違法ではなく、これを理由として本件決議の取消を求める控訴人の本訴は失当である。

控訴人は、当審に至り、昭和三二年五月一三日の口頭弁論期日において、本件決議の取消原因として、株主小平勝三郎、原山直蔵、小日向明寿の三名に対しても総会招集の通知をしていない旨の主張を追加し、右三名が被控訴会社の株主であることは、当事者間に争のないところであるが、右主張は、本件決議の日から三月以上を経過してなされたものであることは、弁論の全趣旨により明らかなところであるから、右主張は商法第二四八条第一項により許されないものといわなければならない。けだし、商法第二四八条が訴の提起期間を制限しているのは、短期間に総会の決議の効力を安定させることを目的としているものであるから、その期間経過後は決議に対する新たな取消事由を主張することを認めない趣旨であると解するを相当とする。もしそうでなければ、会社においては取消訴訟の結果につき見とおしがつかず、永く不安定な状態に置かれることとなつて不当である。このことは、本件の如く、最初期間内に或る特定の株主に対する招集通知のないことを理由として訴を提起しておきながら、その後訴の提起期間経過後になつて、更に他の株主に対しても招集通知がなかつたことを追加主張する場合にも全く同様であつて、さきの主張とあとの主張とが実質上招集手続における同種の瑕疵ではあつても期間経過後の右追加主張を許すべきではない。従つて、前記三名の株主に対する招集通知がなされたか否かを判断するまでもなく、当審における追加の取消事由に基ずく控訴人の本訴請求は失当である。

五、以上の理由により、本件株主総会決議の取消を求める控訴人の本訴はこれを棄却すべきであり、これと同趣旨の原判決は相当で、本件控訴は理由がないから、民事訴訟法第三八四条、第八九条、第九五条に則り、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 角村克己 裁判官 菊池庚子三 裁判官 土肥原光圀)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例